夢を見た。
俺はトイレでふんばっている。
朝か?
夜かもしれない。
外では、ワイフがトイレに行きたくて泣いている。
驚くべきことに、ワイフの横にも俺がいて、
何やら慰めてなだめている。
妻を慰めながら、
(トイレにいるのも俺だし、一体どうしたらいいのか)
と考えていたような。
(そもそもトイレにいるのって俺だっけ?)
と考えてもいたような。
結局、妻がトイレに行ったかは確認できていない。
夢七十一夜
夢を見た。
リヤカーを引いている。
ピンクのジャガーが付いている。
車道行くのは当然危険。
どこかの交差点で、後ろに付いているはずのピンクのジャガーが追い越していった。
ドライバーは知らないおばさん。
見たこともない。
俺はリヤカーを捨てて、坂道を歩く。
ふと、足下のピアノ線に気付く。
目をこらせばそこら中に張り巡らされている。
ゆっくりゆっくり、用心しながら進むと、3〜4人の子どもたちがピアノ線を張っているところに出くわした。
その中の一人に「やめた方がいいよ」と注意すると、
即座に「仕方ないだろ」と言われてしまい、
なぜやめた方がいいのかを上手に説明できない俺は
あきらめて先に進んだ。ゆっくりゆっくり。
すると、さっきの一人が駆けてきて
「ここのは外してあげる」と言って、ピアノ線を外してくれた。
どこからか聞こえるラジオからは、40人を巻き込む大事故があったことが聞こえてきていた。
俺は、その事故の原因がピンクのジャガーであることを確信していた。
坂道をのぼったところにいた、知った顔の女のカメラマンは
「ブライアンに捨てられた〜」と言って、泣きながら中華丼をモリモリ喰っていた。
夢七十夜
夢を見た。
インドの苦行僧みたいなじいさんにからまれて、
地面に描いた四角と四角のちょうど真ん中に線を引くという行為を
何度も何度も見せられた。
その苦行僧みたいなじいさんは、
小さくなったり大きくなったりを自在に繰り返していて、
小さい時は30cmくらいで、
大きい時は3mくらいあった。
夢六十九夜
夢を見た。
家のリビングで俺は頭を抱えている。
床にはトウモロコシ、トマト、枝豆。
夏野菜?
いいえ違います。
俺は、それらを見ながら、
「どうしてこんなところでうんこを〜!」と、後悔していた。
それらはどう見ても新鮮な野菜なのだが、
俺はそれらを、自分のした大便だと思い込んでいた。
何の解決策も見い出せないまま目が覚めた。
夢六十八夜
夢を見た。
何か一生懸命掘っている。
いっしょに掘っている仲間に
「もう少しだ」「そろそろ見えてきた」
などと話している。その間も手は休めることなく掘り続けている。
汗だくで、泥々だ。
「出た!」
「よし!」
と掘り出したものを見ると、ニコラス・ケイジの石膏像だった。
「やったな」
「ニコラス・ケイジだったんだな」
と、仲間と共に何か気持ちを噛み締めていた。
夢六十七夜
夢を見た。
どこかのコンビニで
はっこと公三と三人でいる。
目を閉じた高校生が三人、
ずかずかと入ってきて、店内の商品を落としまくる。
野球部。
(ちっ、これだからジャリは…)と思う。
そこに、突然現れた全身黄緑色の男。
手には黄緑色の透明の板を持っている。
店内にくまなくかざしている。
もちろん俺たちにもかざす。
そいつはセシウムを計っていた。
計る音は完全にスカウター。
「君たちは大丈夫だね」と、その男は透明の板を見せる。
確かに「大丈夫」と表示されている。
スルメは2000ベクレルだった。
2011年4月29日(二次会にて)
僕の人生は君たちのものであり
君たちの人生は僕のものです
少し乱暴な言い方かもしれませんが、そういうことです
だから
大切に生きようと思います
大切に生きてほしいと思います
来てくれた人、来れなかった人
そういう風に思えた君たちに
そういう風に思えたファルコフスキーに
本当にありがとう。
登録:
投稿 (Atom)